ゲーム理論は経済学や社会学などの多くの分野に影響を及ぼしている理論です。
将棋や囲碁では相手の次の手を読み自分の打つべき手を考えますが、市場でも同じように競合の動きを予測して自社の戦略を決めています。
しかし、ゲーム理論には様々なパターンがあるため、難しく考えている人がいるかもしれません。この記事では、以下の内容について説明しています。
- ゲーム理論の内容
- 囚人のジレンマについて
- 囚人のジレンマに当てはめたマーケティング事例
- 囚人のジレンマを回避するための方法
- ゲーム理論をマーケティングに活用する方法
自社の戦略立案や意思決定にゲーム理論は役立ちますので、ぜひ最後までお読みください。
ゲーム理論とは
ゲーム理論とは2人以上の利害関係にある対象者が、互いの意思決定によって自分の意思決定が影響される状況の中で、適切な意思決定を行うための理論です。
1944年に出版された数学者ジョン・フォイ・ノイマンと経済学者オスカー・モルゲンシテルンの共著である『ゲーム理論と経済構造』の中でゲーム理論が提唱されました。
ゲーム理論の基本的な要素は、以下の3つです。
プレーヤー | 利害関係にある対象 (企業・消費者など) |
戦略 | プレーヤーが目標を達成するための計画・行動 |
利得 | 戦略を実行することで得られる数値化された利益 (価格・売上など) |
自分だけでなく他のプレーヤーや全体を俯瞰した視点を持ち、ゲーム内にどのような条件やルールがあるのかを理解することで、お互いにとって最適な戦略を取ることができます。
ゲーム理論は、協力ゲームと非協力ゲームの2つに分けられます。
協力ゲームはプレーヤー同士が協力することで得られる利得が大きくなる状況のことですが、非協力ゲームはプレーヤー同士が争う状況であり、各プレーヤーが選ぶ戦略によって得られる利得が変わります。
囚人のジレンマ | プレーヤーが自分にとって最善の選択をした結果、協力した時よりも悪い結果になってしまう状況 |
チキンゲーム | 限界の手前でプレーヤーがいつまで我慢できるかを競う状況 |
コーディネーションゲーム | ゲームの中で自分が望んでいないことでも、ほかのプレーヤーと同じ選択をすることで利得を得る状況 |
旅人のジレンマ | 各プレーヤーがほかのプレーヤーよりも利得を取るために見積もりを提案する状況 |
ボランティアのジレンマ | 誰か1人が損をすることで、ほかのプレーヤー全員が利得を得られる状況 |
ビジネスシーンでは非協力ゲームが多く、各企業がそれぞれ影響を与え合っています。
ここからは、ゲーム理論の中でも代表的な囚人のジレンマを活用したマーケティングについて説明します。囚人のジレンマは非協力ゲームの一種です。
囚人のジレンマの特徴
囚人のジレンマは、各プレーヤーが自分にとって最善の選択をしたのにもかかわらず、協力した時よりも悪い結果になってしまう状況のことです。
囚人のジレンマは、以下のような例え話が有名です。
囚人AとBの2人が別々の場所で取り調べを受けている際に、司法取引が持ち込まれました。
囚人2人には自白をするかしないかの選択肢が与えられます。
- 2人とも自白しない:どちらも懲役1年
- どちらかだけが自白した:自白した方は無罪・自白しなかった方は懲役10年
- 2人とも自白した:どちらも懲役5年
囚人2人にとって最善の結果は、2人とも自白せず懲役1年の刑を受けることです。
しかし、囚人たちは相手の考えていることがわかりません。もし自分が自白をせず相手が裏切って自白してしまうと懲役10年が確定してしまいます。
自分が自白すれば悪くても懲役5年、運が良ければ無罪になる可能性もあるため、2人とも自白することを選びます。そのため、2人とも自白しなかった場合の最善の結果を得られなくなるのです。
つまり、プレーヤーが自分の利得を最優先にした戦略を取った場合、すべてのプレーヤーにとって最良の結果となる選択肢を選べなくなるということです。
ナッシュ均衡
ナッシュ均衡は数学者ジョン・フォーブス・ナッシュが提唱しました。すべてのプレーヤーが自分にとって最大の利得を取れる戦略を選んでいる安定した状態のことです。
プレーヤーがすべての戦略で得られる利得を検討し、他のプレーヤーの最適な戦略と利得を鑑みた結果、行き着く答えがナッシュ均衡であるため「ゲームの解」とも呼ばれます。
囚人A\囚人B | 自白する | 自白しない |
自白する | 2人とも懲役5年 | Aは無罪・Bは懲役10年 |
自白しない | Aは懲役10年・Bは無罪 | 2人とも懲役1年 |
囚人Aの立場で考えると、囚人Bが自白してしまえば自分も自白しないと懲役10年が課されるので「自白」を選びます。囚人Bが自白しない場合、自分が自白すれば無罪になれるので、やはり「自白」を選択。
同じように囚人Bの立場で考えても、自白することを選ぶでしょう。
相手のプレーヤーがとった戦略の中で、自分の利得を最大化させる戦略のことを最適反応と言います。(表の太字部分)
すべてのプレーヤーの最適反応が重なった部分がナッシュ均衡です。囚人のジレンマでは「2人とも懲役5年」がナッシュ均衡となります。
パレート最適
パレート最適はイタリアの社会学者ヴィルフレド・パレートが提唱しました。自分の状況を改善すると、他のプレイヤーの状況が悪化する状態です。
囚人A\囚人B | 自白する | 自白しない |
自白する | 2人とも懲役5年 | Aは無罪・Bは懲役10年 |
自白しない | Aは懲役10年・Bは無罪 | 2人とも懲役1年 |
囚人AとBのどちらも自白しなければ、2人ともが懲役1年で済みますが、どちらかが無罪になることを狙って自白すると、相手は懲役10年に増えます。
つまり、自分の状況を改善したために、相手に懲役10年という状況の悪化を生んでいるのです。
囚人のジレンマではナッシュ均衡とパレート最適が異なるため、自分にとって最適の戦略を選んでいるのにも関わらず最大の利得を得られない矛盾が生じてしまいます。
囚人のジレンマに当てはめた4つのマーケティング事例
囚人のジレンマがマーケティングに当てはまるのは、市場に競合がいる場合や企業合併の時などです。
ここでは、マーケティング事例を4つ紹介します。
- 値上げを検討する場合
- 値下げを検討する場合
- 他の企業と合併の判断をする場合
- 環境問題にかかわる施策を検討する場合
市場の中で競合の動きを予測しつつ、自社がシェアを伸ばして売り上げをアップさせる戦略を立てなければなりません。自社の行動により競合の行動が変化することで生まれる損失をどのように抑えるかが大事です。
1. 値上げを検討する場合
昨今のような原材料費が高騰している場合、商品の価格を上げて利益を確保することを考えます。
しかし、自社のみが商品価格を上げて他社が価格を据え置いた場合、消費者は他社の商品を購入するかもしれません。自社はシェアを奪われて売り上げが減ります。
このようなリスクを考えた結果、どの企業も価格を上げられず経営が苦しくなってしまいます。
食品業界で行われている商品の容量を減らして消費者に一見値上げしているとわからないようなステルス値上げも、他社が価格を据え置いた場合のリスクを見越してしていると言えるでしょう。
2. 値下げを検討する場合
商品・サービスの質や量が変わらない場合、消費者は価格が安いものを購入しようとします。
価格が安いとシェアを広げられるとの考えから、価格競争に陥ります。
2018年には携帯電話市場で価格競争やシェアの奪い合いが問題になりました。携帯電話市場は大きくサービスが変わらないため、価格競争が起きやすいです。
通信と携帯端末のセット販売で端末料金が1円になることや、2年間の契約で格安プラン設定などは、独占禁止法に抵触するおそれがあると指摘されました。(参考:公正取引委員会事務総局経済取引局調整課『携帯電話市場における競争政策上の課題(平成30年度調査等について)』)
大手の携帯電話会社が相手の戦略を予測し合い、自社の最適な利得を取る戦略よりも予測した相手の戦略を取りすぎた結果、同じようなプランや販売方法ばかりになったのです。
3. 他の企業と合併の判断をする場合
企業同士が合併するとお互いのシェアが合わさって1つとなるため、大きくシェアを広げられますが、それ以外にも得られるものやリスクがあります。
メリット | ・知名度 ・ブランド力 ・高い技術 ・魅力のある商品・サービス ・優秀な社員 |
デメリット | ・負債 ・悪評 ・やる気のない社員 |
自社が下位企業から合併を持ちかけられたとき、メリットとリスクを考える必要があります。
シェア3位の企業が5位の企業から合併を持ちかけられた場合、デメリットを重視して断った後、5位の企業が4位の企業と合併しシェア2位になれば、シェア3位の企業は4位に転落します。
競合の動き方によってはシェアの大きい強力な競合企業ができてしまうため、自社にとって有利な環境を得られるように動くことが重要です。
4. 環境問題にかかわる施策を検討する場合
環境問題に関する取り組みとコスト削減は相反することが多いです。SDGsの推進などにより、企業は環境問題に積極的に取り組む姿勢を示していますが、環境問題に取り組むとコストがかかってしまいます。
ホテルでは脱プラスチックを掲げて、客室のアメニティをプラスチックフリーに変更しているところが増えてきました。
プラスチックフリーのアメニティはプラスチック製品よりも高額なため、その分を宿泊料金に転嫁させる必要がありますが、料金を上げると宿泊客が減るリスクを伴います。
囚人のジレンマを回避する3つの方法
囚人のジレンマは、相手が何を考えているのかがわからない状況で決断をしなければなりません。相手が裏切ることを考えるため、自社も裏切ろうとしてしまうのです。
そのため、各プレーヤーが裏切らない状況を作る必要があります。
1. 業界内で規制を設定する
様々な業界で値下げなどの価格にかかわる規制がされています。
- 「1円スマホ」などのスマートフォンの極端な安売りを防ぐための規制強化
- 将来の海洋資源保護のための漁獲規制
- 価格の安定のために豊作時の出荷規制
規制には罰則規定が設けられていることもあり、裏切りを防いでいます。
2. 長期的な信頼関係を築く
相手に裏切られないためには、長期的な信頼関係を築く必要があります。
囚人のジレンマで相手を裏切り値下げをした場合、相手も自社に対抗してより低い値段で販売します。どんどん値下げが繰り返され結果的に利益が小さくなってしまうでしょう。
裏切りはお互いにとって損であるため協調する方が良いのです。
3. コミットメントを行う
信頼関係が未熟である場合は「相手が裏切ったら自社も裏切る」と宣言してしまうのが有効です。
家電量販店の「自社よりも他社の商品が1円でも安ければ、同じように値下げする」という宣伝文句は、相手が値下げしたら自社も値下げすると宣言していることと同じです。
このように宣言してしまうことで、競合の値下げ戦略を防ぐことができます。
ゲーム理論をマーケティングに活用する3ポイント
ゲーム理論をマーケティングに活用する際に最も重要なことは、情報収集と状況分析です。
トランプでも相手の持ち札を予想するために、自分の手札とこれまでに出てきた札に注意します。
最適な戦略を立て最大の利得を得るために、最初に情報収集と状況分析を徹底して行いましょう。
この章では、ゲーム理論をマーケティングに活用するためのポイントを3点紹介します。
1. ゲームの状況と条件を理解する
現在自社が置かれている状況や、なぜそのような状況になったのかという背景などを分析し、現在の状況における条件などを理解します。
正しく状況を理解することが最適な戦略を選択する基盤となります。
2. 生じる可能性のある未来を検討する
自社や競合の行動によって生じる可能性のある未来は複数あるため、1つずつ検討しましょう。
検討する際には利得表を作成すると、戦略と利得の関係が可視化されます。
囚人のジレンマで利得表を作成すると以下のようになります。
囚人A\囚人B | 自白する | 自白しない |
自白する | (-5, -5) | (0, -10) |
自白しない | (-10, 0) | (-1, -1) |
価格競争によるA社とB社の値下げの関係性を利得表にすると、以下のようになります。
A社\B社 | 値下げする | 値下げしない |
値下げする | (-100, -100) | (200, -200) |
値下げしない | (-200, 200) | (0, 0) |
3. 最適な戦略を考える
様々なパターンの未来を検討した結果、自社にとって最適な未来を選択するには何をすべきかを考えます。
表面的な結果を求めるのではなく根本的に問題を解決できる戦略を実行することが重要です。
例えば、ソフトバンクが携帯電話事業に参入した際に、低価格路線を選択すると宣言しましたが、既存のNTTドコモとKDDIは追従せず高価格の料金設定を維持しました。
当時の料金プランが複雑で、NTTドコモとKDDIはソフトバンクのように低価格プランをすぐに作れず、価格競争になることを恐れたためです。結果、ソフトバンクはシェアの拡大に成功しました。(参考:大阪市立大学経済学会『ゲーム理論を用いた携帯電話市場におけるソフトバンクの戦略分析』)
ゲーム理論で自社が利益を得るには他社との協調が必要
この記事では、代表的なゲーム理論の1つである「囚人のジレンマ」を活用したマーケティング事例と、活用する方法について説明しました。
ゲーム理論は、市場での自社の行動が競合他社にどのような影響を与えるのかを考え、どの戦略を選択すべきかを考える際に役立ちます。
囚人のジレンマでは相手を裏切ることで、自社が損をすることを示しています。自社が最大の利益を得るには、他社の利益も考えて協調することが大事です。
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