行動経済学を活用したアプローチとして知られる「ナッジ理論」について、この記事では解説します。
次のような疑問を抱えていませんか?
- ナッジ理論という言葉を耳にしたことがあるが、何を表しているのだろう?
- 行動経済学とマーケティングはどう関わっているのか?
- ナッジ理論が活用されているシーンについて、具体的な事例を知りたい
ナッジ理論の身近な事例や企業・官公庁が実際に活用している事例も紹介していますので、ぜひ参考にしてください。
ナッジ理論とは
はじめに、ナッジ理論の基本的な考え方や起源について押さえておきましょう。
ナッジ理論の源流となった行動経済学と併せて解説します。
「そっと後押しする」こと
ナッジ(nudge)とは、「軽く肘でつつく・背中を押す」という意味の英語です。
転じて、行動を強制したり明確に宣言したりするのではなく、「そっと後押しする」ことを表す言葉として使われています。
私たちは、物事を自分の意思で判断しているようでいて、実は常に合理的な判断を下してるわけではありません。
「何となく」「いつの間にか」という言い方があるように、無意識のうちに直感的な判断を下しているケースも少なくないのです。
ナッジ理論は人間の脳が持つ無意識下での判断・決定に着目し、活用する行動理論といえます。
ナッジ理論の起源
ナッジ理論の提唱者は、経済学者であり行動経済学の第一人者でもあるリチャード・セイラー氏です。
セイラー氏は2017年にノーベル経済学賞を受賞したことで知られています。
セイラー氏の著書『実践 行動経済学』は全米でベストセラーとなり、ナッジ理論が注目されるきっかけとなりました。
行動経済学とは
ナッジ理論は行動経済学から派生した行動理論です。
行動経済学は経済学と心理学が融合した学問で、人々が直感でどのような判断を下すかを研究対象としています。
経済学との大きな違いは、行動経済学が「人は合理的な行動をする」という前提に立っていないという点です。
経済学が合理性を重視するのに対して、行動経済学は「感情」や「直感」にもとづく人間の不合理な一面を織り込んでいます。
認知心理学や社会心理学、進化心理学なども参照しつつ、より実態に近い人間の認知・判断を扱うのが行動経済学と捉えてください。
ナッジ理論はマーケティングにも活用できる
マーケティングにおいても、ナッジ理論は有効です。
顧客は明らかにセールスを受けていると感じると、ほとんどの人が嫌悪感を抱きます。
しかし、無理強いせずにそっと後押しすることで、顧客は自分の意思でサービスや商品の購入を決定したのだと認識します。
たとえば、商品のオプション選択をデフォルトの状態で設定しておいたり、商品の値引きを半額にするのではなく「2個目無料」としてメリットが大きいと認識させたりなど、さりげないアプローチによって顧客の心を動かすことができます。
このように、ナッジ理論はマーケティングにおいて日常的に活用されているのです。
ナッジ理論を構成する4つの要素
ナッジ理論を構成する基本的な要素は「EAST」と呼ばれます。
EASTは、Easy・Attractive・Social・Timelyの頭文字を取った言葉です。
ナッジ理論を構成する4つの要素について見ていきましょう。
Easy(簡単)
Easyとは、行動の難易度を下げることを意味します。
長々と書かれた難解な文章よりも、一目で分かるアイコンやイラストのほうが人の判断に影響を与えるケースは少なくありません。
Easyには「選択が容易である」という要素も含まれます。
多数の選択肢を与えられると迷ってしまう場合でも、選択肢が減ることで選びやすくなるという経験は誰にでもあるはずです。
アンケートに回答する際、選択肢が10択よりも3択のほうが答えやすいと感じる人が大半ではないでしょうか。
促されている行動が簡単であることは、ナッジ理論を構成する重要な要素といえます。
Attractive(魅力的)
Attractiveとは、多くの人にとって魅力的な形で行動を促すことを指します。
私たちは、一般的に「嫌なこと・大変なこと」よりも「楽しそうなこと・魅力的なこと」に惹かれがちです。
無意識のうちに被害や損失を避ける行動を取っていることは、ナッジ理論を理解する上で重要な要素といえます。
Social(社会的)
Socialとは社会性のある行動のことです。
多くの人が取っている行動を見て、自分もつられて同じように行動した経験が誰にでも一度はあるでしょう。
自分だけが特殊な行動を取るのは、多くの人にとって勇気のいることです。
周囲の人々や世の中で認知されている常識の影響力を活用することも、ナッジ理論の重要な要素といえます。
Timely(タイミングよく)
タイミングが適切であることも、ナッジ理論を構成する要素の1つです。
お好み焼き粉が陳列された棚のすぐ横にお好み焼きソースが陳列されていれば、併せて購入する人は少なくないでしょう。
ちょうど欲しいと思っていた・必要性を感じていたからこそ、無理に勧めなくても自然と手に取る人が多いのです。
簡単・魅力的・社会的な方法で行動を促したとしても、タイミングが適切でなければナッジ理論は効果を発揮しません。
タイミングの適切さは、ナッジ理論を活用する上で欠かせない要素といえるでしょう。
スーパーやコンビニなど身近なナッジ理論の事例
ナッジ理論は私たちの暮らしの中で、ごく自然に活用されています。
誰もが一度は見たことのある表示から、ナッジ理論の身近な例を確認してみましょう。
「いつも綺麗にお使いいただき、ありがとうございます」
商業施設などのトイレに入ると、「いつも綺麗にお使いいただき、ありがとうございます」と表示されていることがあります。
店舗側が伝えたいのは「トイレを汚さず清潔に使用してほしい」ということでしょう。
もし「トイレを汚さないようご注意ください」と書かれていたとしたら、どのような印象を受けるでしょうか。
高圧的に注意されているように感じたり、反発を招いたりすることもあるかもしれません。
多くの人が日頃から綺麗に使っていると印象づけ、無意識のうちに「汚さないように使用する」という行動を促されているのです。
列を描いた「足跡」
スーパーマーケットのレジなど、順番待ちをする必要がある場所の床に「足跡」が描かれているのを見かけることがあります。
文字で「ここに並んでください」と書かれていなくても、足跡が目印となって順番待ちの列が整然と形作られるのです。
足跡の並べ方によって、1列に並ぶべきなのか、2列・3列に並ぶべきなのかが一目で分かります。
結果として、注意書きなどを掲示しなくても自然と列が形成され、混乱なく順番待ちをしてもらえるのです。
「ここは自転車捨て場です」
放置自転車が増えている場所で「ここに自転車を放置しないでください」と注意書きをしても効果が得られない場合があります。
自転車の「置き場」ではなく、あえて「捨て場」と記載することで、自転車を放置したら捨てられてしまうと印象づけられるのです。
実際には「放置自転車は撤去します」と書かれていなくても、無意識のうちに「捨てられては困る」という心理が働くでしょう。
自身の行動が何を引き起こすのかを自然とイメージさせている点で、ナッジ理論を活用した事例の1つといえます。
企業・官公庁などのナッジ理論活用事例5選
ナッジ理論を活用した企業・官公庁の施策を紹介します。
実際の事例から、ナッジ理論がどのような効果を発揮しているのかイメージをつかんでください。
レジ袋の申請・辞退カード(経済産業省・財務省)
2020年3月、経済産業省はレジ袋削減に向けた実証実験の結果を発表しました。
レジ袋が必要な消費者に「申請カード」の提示を求めたところ、レジ袋の受け取りを辞退する消費者が約75%に達したのです。
一方、財務省ではレジ袋が不要な消費者に「辞退カード」を提示してもらう実験を行ったところ、辞退者は約23%に留まりました。
あえてカードを提示するというアクションが増えることは、消費者にとって少なからず負担になります。
わざわざカードを提示してレジ袋を申請するなら、レジ袋は必要ないと感じる消費者が多かったと考えられるでしょう。
人はEasy(簡単)な行動を選択するという、ナッジ理論の要素を活用した事例です。
電気使用量の比較データ(住環境計画研究所)
電気の使用量について、家族構成がよく似た一般的な世帯での光熱費をレポートで送付するという実証実験です。
平均的よりも高い光熱費を支払っていると感じた世帯の多くにおいて、電気使用量の節減に取り組む行動変容が見られました。
「電気の無駄づかいを減らしましょう」と直接的に伝えなくても、自然と電気代を節約したいという心境になったのです。
電気代がより安くなるという魅力的な情報であり、かつ他の人よりも損をしているという感覚が行動を促した事例といえます。
特定健康診査の「場所」のみ選択(千葉県千葉市)
特定健康診査を毎年受診する人がなかなか増えないことを受け、千葉市では診査を受ける「場所」のみ選んでもらうことにしました。
受診する・しないのを決めるのはハードルが高くても、場所だけを選ぶのであれば心理的なハードルが大きく下がります。
結果的に受診日を決め、特定健康診査の予約をする住民が増えていったのです。
行動の選択を大幅に簡易化することで、目的の達成へと自然と導いたナッジ理論の好例といえます。
価格の比較を3種類に(イトーヨーカ堂)
イトーヨーカ堂では、羽毛布団の販売にナッジ理論を活用しました。
従来、価格帯が2種類としていた際には低価格帯の羽毛布団がよく売れる傾向があったのです。
高価格帯の商品を追加し、低価格帯・中価格帯・高価格帯の3種類にした結果、中価格帯の商品がよく売れるようになりました。
価格帯が2種類だった時には売上が不調だった「高いほうの商品」が、より高額の商品を投入したことで売れるようになったのです。
「損をしたくない」という消費者の心理が、高すぎず安すぎない中間の価格帯の商品を選択させたと考えられます。
送料無料の効果(Amazon)
Amazonで買い物をする際、購入価格合計が2,000円以上の場合はプライム会員でなくても送料が無料になります。
たとえば購入価格が1,800円の場合、送料を含めると2,000円を超えてしまうケースが多いでしょう。
もう1点商品を購入して2,000円以上にすることで、送料を支払う必要がなくなるのです。
送料で損をしたくないという消費者の心理が、結果として顧客単価を引き上げる効果をもたらしています。
ナッジ理論を活用するメリット
ナッジ理論を活用することによって、どのようなメリットを得られるのでしょうか。
主なメリットは次の3点です。
反発・反感を誘発しにくい
ナッジ理論は相手に意図を悟られることなく誘導するため、反発や反感を招きにくいという特徴があります。
他人から命令されたり、指示されたりした上で従うのは誰にとっても気分がよくないものです。
無意識のうちに行動を促されることで、まるで自分から特定の行動を選択したかのように錯覚させる効果が得られます。
反発・反感を買うことなく相手の行動を促せることは、ナッジ理論を活用するメリットといえるでしょう。
有効に作用すれば高い効果が期待できる
ナッジ理論の源流である行動経済学は、人の脳の特性を利用した行動理論です。
多くの人が無意識に選択すると判明している行動を元に設計されているため、有効に作用すれば高い効果が期待できます。
特定の行動を促すために「依頼している」のではなく、自然な形で「促している」ことが重要なポイントです。
「指示に従うべきか」といった判断のプロセスが介在しないため、多くの人に対して効果が期待できる施策といえます。
コストを抑えて実行できる
ナッジ理論を効果的に活用できれば、極めて低コストで実行することも可能です。
ナッジ理論の有名な事例として、アムステルダムのスキポール空港内の男性用トイレが挙げられます。
小便器にハエの絵を描いたところ、排尿の際に無意識にハエを目がけて用を足す人が増えたことで床の清掃費が8割削減されました。
実行した施策は「ハエの絵を描くこと」だけだったという事実を踏まえると、非常に高い費用対効果が得られたといえるでしょう。
ナッジ理論の悪い例
ナッジ理論は人の心の動きを上手に活用して、商品の購入やサービスや施設の利用方法改善などを目的に利用されます。
しかし、なかには人の心の動きを悪用して相手に特定の選択肢を選ばせようとする人がいるのも事実です。
このように人の心理を相手が気づかないように悪用することを「スラッジ」と呼びます。
高額のアンカリング
人は高額の支払いをすると財布の紐が緩くなるといわれています。
これは高額のアンカリングが作用しており、普段なら高いと思うものも高額の商品に比べると安く思えてしまうため、支払いのハードルが下がることが原因です。
たとえば、高級ジュエリーの販売店で店員が「いつもはお見せしないのですが、お客様に特別に最高級のジュエリーをお見せします」と言って、数百万円のジュエリーなどをお客様に見せたとします。
すると、高額のアンカリングが作用し、数十万円のジュエリーは安く感じてしまうため、購入のハードルが下がるといった手法です。
現状維持バイアスを利用したサブスク
人には今ある現状を維持しようとする「現状維持バイアス」がはたらく傾向があります。
たとえば、いつも同じ店で同じランチメニューを頼んでいたり、興味がない番組が流れているのにいつも見ているテレビのチャンネルを変えなかったりなど、このような現象は現状維持バイアスがはたらいていると考えられます。
この現状維持バイアスを上手に活用しているのが、サブスクです。
いつでも解約できるのに、惰性で契約を更新し続ける人が多いので、オンラインサービスや通信販売はサブスクや定期購入の形式を取っているのです。
ナッジ理論を活用する際の注意点
多くのメリットを得られる反面、ナッジ理論を活用する際には注意すべき点もあります。
意図を伝えることなく行動を促すナッジ理論には、危うい一面も潜んでいるからです。
次の2点に関しては、ナッジ理論を活用する際に十分注意しておく必要があるでしょう。
相手に合わせて設計する必要がある
ナッジ理論は誰に対しても一律に通用するとは限りません。
たとえば、健康的な食料品を手が届きやすい棚に配置し、ジャンクフードは取りづらい場所に配置したとしましょう。
ナッジ理論の行動理論にもとづいて考えれば、大半の人は無意識のうちに取りやすい位置に置かれたメニューを選ぶと想定されます。
一方で、そもそもジャンクフードが好きな人にとっては「取りやすいかどうか」ではなく「好きなメニューかどうか」が重要です。
ジャンクフードを求めて来店した顧客には、単に「取りづらい位置に商品を陳列する不親切な店」としか映らないでしょう。
ナッジ理論を活用するのであれば、相手に合わせて施策を設計する必要があるのです。
不適切な誘導により消費者の利益を損なう恐れがある
ナッジ理論を悪用する手口は「ダークパターン」と呼ばれ、透明性や管理方法に問題があることが指摘されています。
ダークパターンの代表例は次の通りです。
- Sneaking(こっそり):ユーザーが意図していない商品がECサイトのカートに追加されてしまう など
- Urgency(緊急):実態のない販売終了期限のカウントダウンタイマーをWebサイトに設置する など
- Misdirection(誘導):購入キャンセルの選択ボタンを分かりづらい位置に設置する など
- Social Proof(他者圧力):出所が不明の「購入者の声」を事実であるかのように表示する など
- Scarcity(欠乏):事実とは異なる「商品残り3点」といった残数表示をする など
- Obstruction(妨害):定期購入のキャンセル手続き方法を意図的に複雑にする など
- Forced Action(強制):強制的に個人情報を入力させ、アカウントを作成せざるを得ない状況にする など
ダークパターンに関してはOECDが2022年10月に報告書を公表したほか、消費者庁も警戒を強めています。
ナッジ理論を活用する際には、消費者の利益を損なう行動を促すことのないよう十分に注意しなければなりません。
まとめ
ナッジ理論は人々の行動を「そっと後押しする」ように、望ましい方向へと導く手法です。
脳の特性を活用した行動理論のため、意図を察知されることなく自然な形で人々の行動を促す効果が期待できます。
一方で、望ましくない活用の仕方をすれば、消費者を欺く結果にもなりかねません。
ナッジ理論の趣旨や本来の目的を見失うことなく、望ましい用途に活用していくことが大切です。
今回紹介したポイントや事例を参考に、ぜひ自社のビジネスにナッジ理論を取り入れてみてください。
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