東京ディズニーリゾートの従業員は、最高のおもてなしをする人たちとして知られています。
入園ゲートをくぐった瞬間からキャストの笑顔を見ると、夢の国に来たと思う人も多いでしょう。
なぜ東京ディズニーリゾートのキャストたちは、生き生きとした笑顔でお客様を迎え、最高のサービスを提供できるのでしょうか。
この記事では、モチベーション高く、主体的に行動できるキャストをどのように育てているのか、ディズニーの人材育成制度や取り組みについて説明します。
ディズニーの従業員
ディズニーでは従業員のことをすべて「キャスト」と呼んでいます。
ディズニーでは入園者を「ゲスト」と呼び、従業員は夢の国を舞台とした演者(キャスト)という位置づけだからです。
2022年3月31日現在の従業員数は、社員が5,409人、準社員(アルバイト)が13,669人で、東京ディズニーリゾートのサービスを担っているのは、ほとんどがアルバイトのキャストとなります。
アルバイトであっても、キャストになりたいと日本全国から希望者が集まるという人気の高さです。
ディズニーの人材育成に必要な3つのポイント
ディズニーは、新人が入社してから3日でパーク内に立たせることで有名です。
もちろん、たった3日ですべての業務を覚えられるわけではありません。
しかし、ディズニーでは必ず覚えておかなければならないものが決まっており、それ以外は自主性が認められています。
覚えておかなければならないものというのは、キャストの目指すべきゴールと、パーク運営の行動規範です。
キャストのおもてなしやサービスの根幹となる、これら2つのポイントを詳しく見ていきましょう。
東京ディズニーリゾートのキャストのゴール
東京ディズニーリゾートのキャストのゴールは、「We Create Happiness ハピネスの創造」です。
東京ディズニーリゾートに行けば、誰しもがそこは夢の国だと感じるのではないでしょうか。
カラスが嫌う電波を出してカラスが飛んでくるのを防いだり、周辺の建物を隠してパーク内からは見えないようにしたりするハード面と、キャストのおもてなしのソフト面で夢の国を演出し、ディズニーはハピネスを創り続けています。
その中で最も重要なものは、キャストのおもてなしです。
キャストはゲストにハピネスを提供するために、何をすれば良いかを常に考えて行動しています。
それは、上司に言われたものでも、マニュアルに書いてあることでもありません。
マニュアルに書いていなくても、「ハピネスの創造」というゴールが隅々まで浸透しているので、キャストは「どうすればゲストが幸せなのか」を自ら考えて動きます。
マニュアルですべてが統制されていると、キャストはマニュアルを守ることに意識を注ぐため、本質となる企業理念は無視されてしまいます。
キャストがゴールを理解し、自ら考えて動くことが、キャストの自律に繋がり、その結果モチベーションがアップするのです。
5つのパーク運営の行動規範
ディズニーのパーク運営の行動規範を「The Five Keys~5つの鍵~」と言います。
「The Five Keys~5つの鍵~」とは、「Safety(安全性)」「Courtesy(礼儀正しさ)」「Inclusion(多様性)」「Show(ショー)」「Efficiency(効率)」です。
Safety (安全性) | ゲスト・キャスト両方の安全を最優先に守ること |
Courtesy (礼儀正しさ) | 挨拶や笑顔、言葉遣いなどの相手の立場にたった立ち居振る舞いやおもてなし |
Inclusion (多様性) | 人種・文化の違いや、考え方の違いなどを歓迎し尊重すること |
Show (ショー) | 園内での勤務や園内で行われていることすべて、毎日が初演だという気持ちを忘れず仕事をすること |
Efficiency (効率) | チームワークを保ち効率を高めること |
マニュアルはないですが、キャストは「The Five Keys~5つの鍵~」に反した行動はしてはいけないと言い聞かされているため、行動基準の範囲内でゲストにハピネスを提供します。
「The Five Keys~5つの鍵~」の中で、最も優先順位の高い行動基準は「安全性」です。
例えば、清掃を担当するカストーディアルキャストは、しゃがんで清掃をしません。
こぼれたジュースなどを拭くときにも、雑巾を足で動かして拭きます。
行動基準の「礼儀正しさ」や「ショー」に反しているように見えますが、しゃがんで清掃すると、ゲストが気づかずにぶつかってしまい危険です。
他の行動基準よりもまず「安全性」が最優先されています。
上司も部下も同じ価値観を持つ
ディズニーでは、アルバイトであろうと、リーダーや管理職であろうと、同じ価値観を持っています。
働いているキャストがみな、キャストのゴールである「We Create Happiness ハピネスの創造」とパーク運営の行動規範である「The Five Keys~5つの鍵~」を最重要に考えています。
ディズニーでは、神対応と言われるおもてなしが有名で、様々なエピソードがありますが、そういったサービスができるのも、キャストが「ハピネスの創造」のためにとった行動を上司が心から褒めているからです。
例えば、このようなエピソードがあります。
ある夫婦がお子様ランチを注文しました。お子様ランチは子ども用のメニューのため子供のいない夫婦は注文できません。
実は、その夫婦は「亡くなった子どもと約束していたディズニーランドに来て、お子様ランチを注文した」と知ったキャストは、3名分の席を用意し、3人分のお子様ランチを提供しました。
キャストの判断で、大人はお子様ランチを注文できないというルールを曲げ、しかも注文した2名分ではなく3名分のお子様ランチを提供したのです。
ルールを逸脱していますが、ディズニーではお客様にハピネスを提供したと、賞賛されます。
ディズニーで働く全員が「We Create Happiness ハピネスの創造」が最重要だという価値観を共有しているため、感動エピソードがたくさん生まれているのです。
ディズニーの研修制度
ディズニーに入社すると、まず入社式に出て、部署ごとのオリエンテーションや、配属された部署でのトレーニングを受けるという流れで研修が進みます。
ディズニーの研修は座学もありますが、業務の本質を伝えることが基本となります。
パーク内での自分の役割は何かを知ることで、キャストは自分のやるべきことがわかるのです。
グレードアップ制度
ディズニーのキャストには、「MAGIC」というグレードアップ(昇格)制度があります。
「MAGIC」とは、「Make up(化粧をする)」「Action!(映画や舞台で演技を始めるときの監督のかけ声)」「Growing up(成長する)」「Instruct(教える、指導する)」「Captain(チームをまとめる)」の5段階でグレードアップする仕組みです。
Make up | 上司にサポートされながら、標準的なオペレーションをしている段階 |
Action! | 独りでも標準的なオペレーションができる段階 |
Growing up | 状況に合わせて自ら考え行動できる段階。 後輩に対してアドバイスもできる。 |
Instruct | M・A・Gの段階にいるキャストのトレーニングやフォローができる段階。 |
Captain | 担当ロケーションを統率している段階。 |
「MAGIC」では、成長したキャストが後輩のキャストを指導する仕組みになっています。
トレーニングができるトレーナーキャストになれるのは、キャストの中でも限られた人数だけです。
後輩から慕われ、ゲスト対応が常に素晴らしいキャストが、トレーナーになることができるのですが、入社式など、本社で研修をするキャストは、その中でも特に選抜されたキャストの中のキャストです。
しかし、トレーナーキャストと言っても、彼らはアルバイトです。
後輩キャストの育成を同じアルバイトの先輩であるトレーナーキャストに任せているシステムは、会社全体でキャストが自分で考え行動することを良しとしているからできると言えます。
仕事の本質を教える
トレーナーがキャストに教えるときは、必ず「なぜそうなのか」という理由まで説明します。
ルールがある理由がわからないと、やらされている感が残るからです。
「ずっとそうやってきたから」「マニュアルに書いてあるから」では、教わった方は納得できません。
ルールが定められた理由を答えられないということは、上司はそのルールの意味を分かっていないと思われるとともに、教わった部下はモチベーションが下がります。
例えば、正しい立ち方を教えられた時に、なぜそれが正しいのかを知らずに、立ち方だけを教わることが多いですが、ディズニーでは、「肩、腰、膝、くるぶしが一直線になるように立つと疲れづらい」ということまで教えます。
キャストは勤務中ずっと立っていることが多いため、疲れづらいことがわかれば、正しい立ち方をしようと自然に考え実践するはずです。
つまり、ルールの理由を教えることで、自らの意志でルールを守るようになるということです。
ディズニーの従業員満足度を高める方法
ディズニーには、「従業員満足度(ES:Employee Satisfaction)」を高める施策があります。
「従業員満足度」とは、アメリカの心理学者エドウィン・A・ロックの定義によると、「個人の仕事への評価や仕事からの経験によってもたらされる喜ばしい、もしくは肯定的な感情」のことです。
キャストにとって働き甲斐があり、自ら仕事に取り組むことができる職場を上司が作ることで、従業員満足度は上がりやすくなります。
従業員満足度が上がれば、ずっと働き続けたい職場となり、志望する人も増えるため、人材育成でも必要なポイントです。
この章では、ディズニーの従業員満足度が上がる取り組みについて紹介します。
ファイブスター・プログラム
「ファイブスター・プログラム」とは、上司が「We Create Happiness ハピネスの創造」に基づいた行動をしているキャストを見かけたときに、賞賛の意味を込めて「ファイブスターカード」を渡す取り組みです。
自分の行動を誰かが見て褒めてくれたという経験は、その後の業務も「もっと頑張ろう」というモチベーションが上がるもとになります。
2019年には11,042枚、2020年には9,416枚のファイブスターカードが手渡されており、それだけ「We Create Happiness ハピネスの創造」がキャストに根付いていることがわかるでしょう。
I have アイデア
「I have アイデア」は、キャストが良いアイデアを提案でき、年1回グランプリが選ばれるシステムです。
組織や役割など関係なく、誰がどんなアイデアを出しても構いません。
今では一般的になっている「封ができるポップコーンBOX」も「I have アイデア」から生まれました。
2020年度は2,075件のアイデアが提案されています。
すべてが採用されるわけではありませんが、自分の意見を聞いてもらえるという企業風土は、キャストにも業務改善の意欲を与えることができるでしょう。
サンクスデー
「サンクスデー」は、年に一度、パーク閉園後にオリエンタルランドの役員や社員がキャストをおもてなしするイベントです。
東京ディズニーリゾートが多くのキャストによって成り立っていることに対する、感謝の気持ちが込められています。
いつもキャストとして仕事をしている人が、ゲストとしておもてなしをされることで、ゲストの目線で喜びや楽しみを忘れないようにもできます。
2019年度は、ゲスト役の参加者は約17,000人、キャスト役の役員や社員は約1,400人でした。
スピリット・オブ・東京ディズニーリゾート
「スピリット・オブ・東京ディズニーリゾート」は、キャスト同士で素晴らしい行動をした人を称え、メッセージカードを贈り合うキャンペーンです。
メッセージの数の多さや内容の素晴らしさを評価されたキャストは、「スピリット・アワード」を受賞し表彰されます。
授賞式は盛大で、受賞したキャストを応援するために手作りのバナーを掲げるなど、チーム全体で受賞をお祝いし一緒に喜びます。
お互いを褒め合い、褒められた人も褒める人もハピネスを感じることができる良い機会となるとともに、お互いの良い部分を発見することで、より働きやすい環境となるでしょう。
キャストにもハピネスを提供する
前述の施策以外にも、常日頃から従業員満足度が高まる風土がディズニーにはあります。
それは「最初に感謝をしてから、言いたいことを伝える」ことや、素晴らしい行動をしたキャストに、「その日と、後日の2回褒める」ことなど、キャストがされると嬉しい習慣を上司が実行しています。
また、キャストが体験した素晴らしい感動やゲストのためにハピネスを創造したことなどをキャスト同士でシェアする習慣もあり、職場は常日頃からお互いを認め合える環境です。
職場で自分を認めてもらえることは、キャストにとって幸せを感じられ、もっと働いていたいと思うきっかけとなるでしょう。
ホスピタリティが生む良い循環
ディズニーでキャストとして働く人は、子供の頃から「ディズニーで働きたい!」「キャストになりたい!」と強く志望して入社した人が多いです。
子供の頃に連れて行ってもらった東京ディズニーリゾートで、キャストから親切やおもてなしを受けた人がその経験を忘れず「私もそうなりたい」と感じ、ディズニーで働くことを志望しています。
東京ディズニーリゾートが大好きで働いているキャストが多く、彼らは自分の体験がもとになり、ディズニーという夢の国の一員としておもてなしをしたいと感じるのです。
自分に幸せな体験をさせてくれたキャストのようになるために、その人もゲストに幸せな体験を提供するという好循環が生まれ、やがてディズニーのキャストは素晴らしいおもてなしをするという評価が定着します。
つまり、従業員のホスピタリティが次の従業員を呼び、より良いホスピタリティを自ら実行するようになるという環境がディズニーにはあるのです。
モチベーションを高めることが人材育成には重要
ディズニーの人材育成について、独自の制度や取り組みなどを解説しました。
なぜディズニーではキャストが生き生きと働いているのか、その理由は自分で判断してサービスができることと、キャストもゲストと同じように幸せを感じられるからだとわかります。
その根底には、企業が目指すゴールや行動指針に基づいた価値観を、社員やアルバイト全員が共有していることにあります。
モチベーションをアップさせる人材育成として、ディズニーの手法を取り入れてみてはいかがでしょうか。
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