マルクス・ガブリエルが唱える「道徳と経済の両立」とは?

最終更新日: 2022/12/07 公開日: 2022/08/08

経営に対する知見を深めるために哲学を学んでいる経営者の皆さんなら、マルクス・ガブリエル氏の名を聞いたことがあるでしょう。

巨大IT企業をはじめ、経営のアドバイスにも携わっているガブリエル氏は、異色の哲学者として注目されています。

ガブリエル氏が提唱する理論の1つに「道徳と経済の両立」があることをご存知でしょうか?

道徳と経済が両立すると聞いて、次のように感じる方も多いはずです。

  • 売上や利益を優先すれば、道徳がある程度犠牲になるのはやむを得ないのでは?
  • 道徳ばかり重視していたら、売上伸長を追求できなくなってしまうのでは?
  • そもそも道徳と経済は相容れない概念なのでは?

今回は、マルクス・ガブリエル氏の思想と、代表的な理論の1つである「倫理資本主義」について解説します。

自社の組織体制や経営方針をより高いレベルへと押し上げたいと感じている経営者の皆さんは、ぜひ参考にしてください。

マルクス・ガブリエルとは

マルクス・ガブリエル氏は、「若き天才哲学者」「哲学界のロックスター」などと評されることがあります。

ガブリエル氏の思想がなぜ注目されているのか、従来の哲学思想との違いについて見ていきましょう。

現代人の「心」を哲学で読み解く

マルクス・ガブリエル氏は、哲学を通じて現代人の「心」を読み解こうとしている哲学者といえます。

たとえば今、AさんとBさんが「富士山」を見ているとしましょう。

2人が目にしている富士山は同じもののはずですが、全く同じものが見えているという保証はどこにもありません。

では、AさんとBさんが見ている富士山はどちらかが正しいのでしょうか?あるいはどちらも間違っているのでしょうか?

ガブリエル氏が唱える「新実存主義」では、私たちが認識できるものは全て実在すると定義しています。

実物の世界と人の心が個々に捉える世界は、どれも平等に実在していると考えるのが新実存主義の基本的な立場です。

従来の哲学思想との違い

従来の哲学思想には、形而上学構築主義という2つの潮流がありました。

前述した富士山の例で考えてみましょう。

形而上学とは?

形而上学とは、実在するものは1つだけであり、私たちの存在とは無関係と捉える立場を指します。

富士山という実在の山があるという事実のみを認めるのが形而上学の立場です。

構築主義とは?

構築主義とは、実在するかどうかではなく人が認識する世界こそが実際の世界と捉える立場を指します。

富士山という山が存在するか否かではなく、私たちが認識することで頭の中で構築される富士山こそが現実の富士山なのです。

よって、富士山という山は人の数だけ存在することになります。

新実存主義とは?

ガブリエル氏の提唱する新実存主義では、富士山という実在の山も私たちが認識する富士山も同列に見なしている点が特徴的です。

私たちは世界を解釈するために存在しているのではなく、私たちの心もまた世界の一部と解釈しています。

形而上学とも構築主義とも異なるという点で、ガブリエル氏の思想は従来の哲学思想の常識を覆しているのです。

倫理資本主義を提唱

ガブリエル氏は従来の資本主義のあり方にも疑問を投げかけ、警鐘を鳴らしています。

新しい資本主義としてガブリエル氏が唱えているのが「倫理資本主義」です。

環境破壊や貧困といった世界が直面している問題は、グローバル経済が利益を過度に追求した結果と論じています。

世界と心が並列的に存在するなら、私たちの心は価値観の中核を担う存在となるでしょう。

利益を追い求めるマネーゲームではなく、私たちの内にある道徳や倫理こそが今後の経済に必要とされると提唱しているのです。

ガブリエル氏は、企業に「倫理課」・政府に「倫理省」といった専門組織を置くことが今後の経済成長に不可欠とも唱えています。

なぜ「倫理資本主義」なのか?

ガブリエル氏が提唱する倫理資本主義。

なぜ今、倫理と資本主義を結び付けて論じているのか、具体例を挙げながら解説していきます。

利潤資本主義の限界

従来の資本主義は、良くも悪くも利益の追究を至上の目的としていました。

より多くの利益を上げた者が勝つという考え方が根底にあるため、たとえば次のようなことが組織・個人レベルで生じます。

【利潤資本主義がもたらした世界】
・A社は競合関係にあるB社に勝つために、B社を貶めてでも宣伝活動を推進する
・社員Cは社員Dよりも多くの成約数を挙げるために、社員Dの足を引っ張ろうとする

上記のようなことは、資本主義経済のあらゆる場面で日々行われています。

結果として富める者はますます豊かになる一方、貧しい者は貧しいままとなり、貧富の格差が拡大し続けているのです。

また、組織においては勝者と敗者が明確になり、敗残者は「努力不足」「実力不足」として排除されていきます。

利潤資本主義は世界に分断を生み、人々の倫理観や道徳観を麻痺させていきました

人と人との絆が断ち切られてきた根本的な要因として、利潤資本主義があったとも考えられるのです。

倫理資本主義=人と社会にとってよいことを軸とする資本主義

倫理資本主義を端的に表現するなら「人や社会にとってよいことを軸とする資本主義」といえるでしょう。

単に利益を上げることを至上の目的とするのではなく、他者や社会全体のために手を尽くすことが発展に繋がるという考え方です。

【倫理資本主義がもたらす世界】
・A社は同業他社のB社とともに成長し、業界全体の評価を高める
・社員Cは社員Dとともにスキルアップし、結果的に2人とも自社の売上に貢献する

上記の考え方の根底にあるのは、そもそも「自社のため」「自分のため」といった価値観ではない点に注意が必要です。

他者や世の中のために手を尽くすことが、世の中全体をよい方向へと向かわせる

世の中全体がよくなっていくことで、回り回って豊かさや発展をもたらすという考え方が倫理資本主義の土台となっているのです。

道徳と経済の両立は可能

倫理資本主義が従来の利潤資本主義と大きく異なっているのは、道徳と経済の両立を目指している点です。

倫理資本主義では、利益を上げるためなら道徳が犠牲になるのも致し方ないとは捉えていません。

むしろ、倫理や道徳を重んじることが結果的に利益に繋がるとしています。

道徳と経済のどちらを取るか、どちらを重んじるかではなく、両立すべきと提言していることが大きな特徴といえるでしょう。

今こそ日本の伝統的価値観の再評価を

ガブリエル氏は哲学のアプローチから倫理資本主義を提唱するに至りました。

しかし、実は日本人にとって道徳と経済合理性を両立させる考え方は決して縁遠いものではありません。

日本では古くから、道徳と経済的合理性を併存させる価値観が存在していたのです。

利潤資本主義に疑義を唱える新しい哲学が注目されている今だからこそ、日本の伝統的価値観を再評価していくべきでしょう。

古くから日本で実践されてきた「三方よし」

江戸から明治時代にかけて、日本では行商が全国で商いをしていました。

近江商人が大切にしてきた商いの理想に「三方よし」があります。

三方よしとは「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」を目指す考え方です。

売り手と買い手が互いに満足するだけでなく、世の中にも貢献できるのが理想的な商売のあり方とされてきました。

世の中への貢献を志向する以上、道徳を重要視しないわけにいきません。

「三方よし」は、まさに道徳と経済を両立させる思想そのものだったのです。

道徳に根差した「信頼」で繋がる組織

道徳に根差した信頼関係は、決して過去のものではありません。

2011年に東日本大震災が発生し、被災地の様子が世界中に報じられました。

その際、貴重な食料を求めて人々が列に並び、互いに尊重し合っていることに驚いた外国人は少なくありません。

日本人がごく普通に取っている行動は、私たち一人一人の内にある道徳観に立脚しているのです。

組織においても、一人一人の道徳観を信頼し合い、絆を醸成していくことができる国といえます。

道徳に根差した「信頼」で繋がる組織のあり方こそが、日本企業の強みとなるはずです。

社会性を高めることが事業の成功に結びつく

近年、ステークホルダーエンゲージメントという言葉が注目されるようになりました。

企業に属する社員だけでなく、顧客や取引先、株主といったあらゆるステークホルダーとの繋がりを意識するという考え方です。

社会的に意義のある事業を営み、社員が社会のためを思って行動することが事業の成功へと繋がっていきます。

社会性を高めることが事業成功に結びつくという発想は、まさしく「三方よし」と通じる価値観です。

世界の潮流が利潤資本主義から倫理資本主義へと向かいつつある今こそ、日本の伝統的価値観を見直すべき時期なのかもしれません。

絆徳経営が実現する「倫理観にもとづく組織運営」

セミナーズでは、倫理観にもとづいて組織を運営していく経営を「絆徳経営」と呼んでいます。

ここからは、マルクス・ガブリエル氏の提唱する哲学と近い価値観のある、絆徳経営の基本的な考え方について解説します。

3つのポイントを見ていきましょう。

「きれいごと」が経済合理性を生む時代へ

現代社会において高く評価される企業の多くが「人や社会にとってよいこと」をしている企業といえます。

SDGs(持続可能な開発目標)が象徴するように、目先の利益ばかりを追求する経営は過去のものとなりつつあるのです。

「人や社会にとってよいことをしたい」という思いは、一見するときれいごとのように思えるかもしれません。

しかし、きれいごとが結果的に経済合理性を生み、経営を成功へと導く時代はすでに到来しています。

顧客・社員・地域社会のために尽力していく企業が、これからの時代に求められているのです。

組織にとって「絆」こそが最強の資産

組織にとって最強の資産はノウハウやビジネスモデルではなく、人と人との間に醸成される「絆」です。

強固な絆で結ばれた組織では、お互いが相手のために行動し、組織はおのずと良い方向へと向かっていきます。

利益の追求を至上の目標とする従来型の組織では、ライバルを蹴落としてでものし上がろうとする人が絶えませんでした。

必然的に成功者と敗残者が生まれ、組織に分断が生じる原因となっていたのです。

絆で結ばれた組織を目指すことで分断が解消され、組織一丸となって同じ目標へと向かうことが可能になります。

絆こそが、組織にとって最強の資産なのです。

社会との絆を深める絆徳経営

絆徳経営が目指すのは、企業と社員との絆や社員同士の絆だけではありません。

社会との絆を深めていくことで、百年先も愛される絆徳企業になることができるはずです。

社員だけでなくその家族、取引先、地域社会との絆を深めることで、企業としての価値を高めていくことが求められています。

社会との絆が深まれば、世の中にとってなくてはならない企業であり続けることができる

世の中にとって「よいこと」を目指す絆徳経営は、まさに倫理観にもとづく組織運営を体現するための経営哲学なのです。

道徳と経済の両立について理解を深めるために

マルクス・ガブリエル氏が提唱する「道徳と経済の両立」への理解を深めたい方のために、3冊の書籍を紹介します。

ぜひ手に取って、利益追求型の組織から倫理・道徳に立脚する組織への脱却を図るためのヒントとしてください。

欲望の時代を哲学する

ガブリエル氏が日本に滞在した際の記録をまとめたドキュメンタリー番組を書籍化した1冊。

戦後史から現代日本までの流れや、現代哲学に至るまでの哲学思想の系譜を分かりやすい言葉で解説しています。

本記事で紹介した新実存主義の元となった「新実在論」にも言及しており、ガブリエル氏の思想への理解が深まるはずです。

新時代に生きる「道徳哲学」

現代社会を覆う「分断」を越える上で不可欠となる「道徳哲学」の基礎が、分かりやすく解説されている書籍です。

倫理資本主義の軸となる道徳を、新進気鋭の哲学者がどのように捉えているのかが分かります。

哲学を合理的なツールとして経営に取り入れるためのヒントにもなるはずです。

絆徳経営のすゝめ 〜100年続く一流企業は、なぜ絆と徳を大切にするのか?〜

道徳と経済合理性を両立させる経営のあり方について、惜しみなく語られた1冊。

なぜ目先の利益を追求するのではなく、絆と徳を重視した経営に切り替える必要があるのかが分かります。

道徳と経済を両立し、持続可能な経営を目指す経営者の方にとって必読書となるでしょう。

まとめ

マルクス・ガブリエル氏が注目されている理由として、世界が今まさに直面している問題を論じている点が挙げられます。

パンデミックや利潤資本主義の限界など、世界で同時に生じている問題に対して哲学者の視点で切り込んでいるのです。

道徳と経済の両立を説く倫理資本主義の思想は、まさしくその一端といえます。

利益の追求が至上の目的となっていることに疑問を感じていた経営者の方々にとって、重要な示唆を与えてくれるでしょう。

哲学を経営に取り入れることで、経営をよりいっそう高みへと引き上げられる可能性があります。

ぜひ本記事を参考に、道徳と経済を両立する経営を実現するための糸口を探してみてください。

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